ちーちゃん先生の後は、両親の知り合いの息子さんが私の先生となった。
とても優秀な先生で、真面目に勉強を教えてくれた。
それなのに、私は、・・・・・。
暴言を吐いて、その方が
あちらから願い下げと言われるような
エンディングを迎えた。
何があってそのような事になったのか?
今では定かではない。が、とにかく
子供だからって、言っていいことではない
悪態をついた記憶はある。
ごめんなさい。
あの時の私は、ティーンの真只中に生きていて、
何かしら怒りを抱えていたのかもしれない。
と言い訳をいっているが、
単に勉強に集中させようとした先生の意図と
私の教えて欲しいことのニースが合わなかったのかもしれない。
先生には何の問題もなくて、
私が単に生意気な子供だっただけの話。
そして、その後の先生が私の人生を更に大きく飛躍させた。
藤井先生
二人目の男性の先生。
その先生は、どちらかというとクラスの中じゃ
優等生と言われる雰囲気を醸し出していて、
『いまどき・・・』の
真逆の立ち位置の人だった。
が、人は見かけに大いに騙される。
彼がもっているコミュニケーション能力や
私に対するアプローチは一流だった。
先生には何でも話せた。
学校で、友人関係とのしくじり、
イヤな思いをした事に始まって、
三角関係の恋愛話やら、、、、。
彼は、そんな話をしながらも勉強という事、
学ぶという事に対しても
出来の悪い私に興味を持たせるように導いてくれた。
勉強ってね、
今まで知らなかった事
新しい事を発見する事
そんな視点からたくさんアプローチしてくれた。
歴史は、登場人物の性格を加えながら人間関係ドラマとして話をしてくれた。
それによって、次の時代への興味を持つようになる。
様々な工夫は成功した。
高校での彼の出会いが、学校の授業を面白くさせたのだ。
でも、時すでに遅し、、、。
私の実力からいって、これまでの遅れをすべて取り戻し
『ビリギャル』みたいに逆転優勝なんてない。
むしろ、藤井先生は私の現状を見抜いた上で
今後のプランを一緒に考えてくれた。
それが、『留学』という道だった。
暗記、記憶という能力が大いに必要な日本の教育よりも
データや事例に基づき
『あなたはどう思う?!』が主流の教育の場に移ってみるのはどうか?
と教えてくれた。
これは、ちょっと格好つけすぎで、
実際にはこう、
君の今の成績じゃ、どこかの大学には入れるだろうけど、
三流以下になるね。
大学が三流なのが問題なんじゃないよ。
そこでやりたいことにも出会わないまま、
4年間も過ごしたあげく
君がどこに向かっていくか?が問題なんだよ。
海外に行ってしまえば、
君は新しい環境の中で、
落ちこぼれとは違う自分に出会えると思うんだよ。
僕にこれまで聞いてきた、
『これはどういう事なんだろう?!』
『どうしてこうなるんだろう?』
を自分で見つけていけると思うんだ。
『海外にいこう』
17歳の私は、彼の導きのよりアメリカに行くことを決めた。
で、どうだったか?って
海外で過ごした時間が私に与えたもの!
自信である。
自分自身でいる事の生きやすさ。
人と違っているからこそそれが魅力になるということ。
書き出したらきりがないが、
過ごせた時間が今の私の土台になっていることは間違いない。
藤井先生の導きがなくては今の自分はないとまで思っている。
出会いが、
私を新しいステージに運ぶ原動力となる。
藤井先生、元気かな?
先生は今どんな人生を歩んでいるのだろうか?
直接会ってお礼が言いたくなってきた。
今日は、母親に先生の住所を聞いてみよう。
そして、お礼のお手紙を書こうと今決めた。
追伸:
先生が教えてくれた事でもっとも心に残っているのは、
私が友人と喧嘩した時、
どう対応すればこの場を切り抜けれるのか?と聞いた時
一番ひどい仕打ちは
『無視する』ことだといった。
相手にしないこと
17歳にしてこの言葉は強烈だった。
そして、今でもその言葉が私の生活に様々活きている。
起こっている事象を
『無視する』
それは、自分事として捉えられない事と同じであると・・・。