ママが娘に戻る時、父との会話から感じたことをマレーシアに住む娘たちへ

 このところ、父が元気がない。もともと父は、旅が大好きで、一年に何度かは一人でプラりと知らない土地にいったりしていたし、60才を過ぎてもハーレーダビッドソンのサイドカー付きとフェリーで海を渡り、北海道や九州をライドしていた元気印の男だった。

その父が、足の付け根部分に違和感を感じて、手術をしたいといったのはかなり前だった。家族全員で反対した。手術で回復する期待より、手術の後の後遺症の心配の方が大きかったからだ。それでも、父は、人口軟骨を入れることで元の生活を取り戻せると信じていた。

医師の力は強く、協力しないわけにはいかない私の心の変化が現れた。
意識を高め探していると出会うものですね。名医に出会いました。名古屋人口関節クリニック の加藤先生。大阪弁のクールな先生。

先生:『お父さん、ハーレー乗れるようになりますから、この病院の中にあるたくさんのお手紙読んでもらえました?みんな好きな事できるようになってますやろ?!』
難しい手術をいとも簡単にマジックをかけるように語った先生をいっぺんに好きになった。

そしてこの言葉で、私も母もこの先生に決めた。

手術は成功し、術後も心配なく終わった。手術から3か月後には、父を連れてマレーシアに旅した。順調そうに見えていたのに、いったいどうしてしまったのだろうか?

どうも、歯も痛いらしい。足の痛みと歯の痛みは何の因果関係もないのだろうが、歯の痛みは相当なものだったらしく3キロほどやせてしまった。

そんなこんなで、落ち込む父の口から出る言葉はそうとうネガティブだ。で、これだけで
済まないのが家族。母は、毎日そのネガティブムードに付き合い、どこか引っ張られるのだろう。もしくは、引っ張られないように自分の時間を大切にしているようにも取れる。

で、私はとうとう見てみぬふりをできなくなった。
ある日、実家にいったら父が一人部屋で、膝を抱えて座っていた。(実際には椅子に座っていたから膝なんか抱えていなかったけど、私にはそんな風に映ったのである。

私:痛いの?
父:座っていても痛いし、立っていて方がまだマシなんだ。
私:医者に行ってみようか?
父:お母さんに連れて行ってもらうにお願いするよ、でも予約していかなくちゃダメだよ。

母には、すでに予定があることを知っていた私は、私がすべての段取りを整えれば簡単、お安い御用と思ったので、母にその旨伝えた。

次の日の朝、父との約束時間は10時30分、それまでに仕事の残処理をしておきたかった。私は、相変わらず、出発ギリギリまでの時間を自分の力を過信して動いた。
父と行動するための原則、父はギリギリが大嫌い!いつも早めの行動をして余裕をもっていたい性格の人。それをわかっているのに、悪い癖、自分の都合で動いた。

当然、時間がおして父は私を待つ形となった。せっかく私が段取りして、父のためと思ったのに、この遅刻で信頼を失うことが頭をよぎった。

心はわさわさしっぱなし!今までとは違った私として、しっかりと付き添いをしたかった私は、いつもの4倍速ぐらいのスピードで準備にかかった。

『ぐきっ』鈍い音が耳の後ろで鳴った。同時にジーンとした感覚が右足全体に広がった。足の指は本来のある場所から違った方向に向いていた。でも、これ以上遅れるわけにはいかない。とりあえず、ヒールはやめてはける靴を履き、父との待ち合わせの場所へ急いだ。

つづく・・・。

この記事を書いた人

アバター画像

喜稀今日子

3人の女の子の母親です。葬儀社の経営の仕事をしながら子育てと地域活動に参加しています。忙しといいながら、プライベートでの新しいことへのチャレンジは必須です。
新しい発見を発信していけたらいいです。
喜稀 今日子(きき きょうこ)

詳しくはこちらにどうぞ。